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カティ・ローズ

カティ・ローズ

造形工房「イギルスの呼び声」の経営者。大学生でもあるが、単位のほうはかなり危ういらしい。

修羅文庫 / キャラクター物語集

異能街訪――美味しいパンケーキと異能の考察

地下街に新しいパンケーキ屋がオープンした。カティはいつか絶対食べに行こうと思っていた。

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地下街に新しいパンケーキ屋がオープンした。カティはいつか絶対食べに行こうと思っていた。行列が嫌いな彼女は、オープン直後の人混みを避けるために一か月以上我慢し、しかもデパートが開店したその瞬間に店の前へとやって来た。待ちに待った気持ちで窓際の席を選び、しばらく迷った末に、ようやく抹茶いちごスフレを注文する。もし美味しかったら、次はチョコレートアイスパンケーキにしよう。 パンケーキが来るのを待つ間、カティは目的もなく窓の外を眺めていた。もう十二月だ。街はすっかりクリスマスの雰囲気に包まれ、地下街も例外ではない。星、鈴、トナカイに雪――人工の地下洞窟をクリスマスの装飾が埋め尽くし、各店の店員たちもクリスマス仕様の「武装」に身を包み、資本主義をテーマにしたこの地下迷宮でサバイバル戦を繰り広げている……そんな中身のないことをとりとめもなく考えていると、クリスマスコスチュームを着た一人の女の子が目に留まった。 女の子は赤いワンピースにサンタ帽を被り、タブレットを手に熱心に道行く人へ声をかけ、誰の異能にも興味津々といった様子でアンケートへの記入を頼んでいる。何かの営業かな?大異能時代のこのご時世、石を投げれば異能者に当たるくらいだが、異能調査を名目にした営業というのは意外と珍しい。異能の意味は人それぞれだ。得意げに大声で自慢する者もいれば、慎重に、口を閉ざして誰にも知られたくない者もいる。この調査、本当に営業の役に立つのかな?客層の切り分けが目的なのかな?それとも炎上商法まで狙ってたりして?カティは熱いコーヒーをすすりながら、目の前に広がる少し非日常な光景を興味深く観察していた。 パンケーキが運ばれてきて、彼女はさまよっていた思考をひとまず引き戻す。スフレの上にはいちごが一周並べられ、真ん中には抹茶のジェラートが鎮座し、その周りを白い生クリームが彩っている。皿の上もクリスマスの雰囲気で満たされていた。抹茶ジェラートのほのかな苦みといちごの甘みが絶妙に響き合い、ふわふわのスフレが口の中でとろけていく。カティは小さな、けれど確かな幸せを一口ずつ味わっていたが、脳は甘いものの刺激でまた動き出してしまう…… そういえば、自分の異能とは一体何なの? そもそも、異能という言葉自体が曖昧模糊としたものだ。たとえば、パンケーキを美味しくする能力は異能と言えるのかな?その日の気温や湿度、食材の品質や鮮度に応じ、客の心身の状態を巧みに観察しながら、ミリグラム単位で配合を調整し、誰もが幸せを感じられるパンケーキを作り上げる――これは間違いなく異能の範疇に入るだろう。では、飛行や身体能力の強化、念動力といった能力はどうか……できる人、多すぎるし。最初に立ち上がって二本足で歩いた猿も、ある意味「異能猿」だったのかもしれないけど、空を飛べる人間がどんどん増えていけば、いつか異能鎮圧局の連中が「飛行」を異能のリストから外してしまう日が来るかもしれない。 コーヒーを飲み干すと、カティは近づいてくるサンタガールを巧みにかわし、大学方面行きのライトレールに乗り込んだ。ついでに材料を買っていこう。授業にはほとんど出ていなくても、造形課題さえ提出すれば退学を免れる単位は揃う。モデラー兼アーティストとして、カティは自作のフィギュアを制作・販売する傍ら、ラピッドプロトタイピングの依頼も請け負っている。図面を短時間で精密な実体へと変換できることが彼女の強みだが、量産のためには自作の模型を3Dスキャナーでデータ化する必要がある。学校の3Dスキャナーは自分の持っている機材より遥かに性能が良く、この馬鹿高い機材を使い続けるためなら、留年すら厭わない。 今日の最初の仕事はクリスマス天使だ。依頼主からはデザインを自由に決めていいと言われている。さっき見かけたサンタガールを参考にしてもいいかもしれない。彼女は十二分に気合を入れる。目の前で白い塊がゆっくりと蠢き、形を変えていき、クリスマス衣装をまとった1/7スケールフィギュアへと姿を変えた。それを3Dスキャナーでデータ化する。この工程を何度か繰り返し、いくつかの異なるポーズとデザインのデータを揃えたところで、続きは依頼主との打ち合わせが必要になる。どれだけ技術が進歩しても、確認とすり合わせの積み重ねこそが仕事を円滑に進める秘訣であることに変わりはない。「そして依頼主に選ばれなかったデザインは、そのまま課題として提出しておしまい。これがカティの人生、うまくいく秘訣ってわけ!」誰もいない場所で腰に手を当て、カティは小さな声でそう自慢げに呟いた。 ― 深夜。パンケーキのために早起きした一日は、いつもより特別に長く感じられた。カティは大きなあくびをすると、自分を呼ぶベッドへと飛び込んだ。だがベッドの寝具に触れることはなく、宙に浮いたまま、常に彼女のそばを漂う白い塊に受け止められる。カティが赤ん坊のように体を丸めるのに合わせて、白い塊も宙で形を変え、伸び広がり、光のない闇の中に彼女を包み込んだ。白い繭のような闇の中で、カティはぼんやりと考える――どんな状況でも十秒以内に眠りに落ちる、これって私の異能かも。次に呼び止められたら、そう答えよう。誰に何と言われても、反論は受け付けないから。 ― 異能鎮圧局ファイル: 氏名:カティ・ローズ 異能:白い蠕虫(ホワイトマター) 精神系 C カティ・ローズと共に生まれた、浮遊しながら蠢く白い塊。彼女は自分の体のようにこの白い塊を操ることができ、あらゆる形に変形させ、自在に結合・分離させ、一定範囲内でゆっくりと移動させることも可能。白い塊は乾いた、ほのかな化学薬品のような匂いを放ち、手触りはスエードに似ている。変形時には周囲の気温が下

街に横たわる――ティップ教授のゼミ

カティは研究室のドアをノックすると、返事を待たずにそのままドアを開けて入っていった。

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カティは研究室のドアをノックすると、返事を待たずにそのままドアを開けて入っていった。ドアの向こうは完全なる混沌だった。描きかけのキャンバス、山のように積まれた画材、何が入っているのか分からない紙箱や木箱、フィギュア、彫像、書籍――ただでさえ狭い研究室に、それらがひたすら積み上げられている。この空間そのものが、まるで何か盲目で愚鈍な生き物であるかのようで、ここに身を置いているだけで正気を失いそうになる。これは不定期開催のゼミだ。できることなら、カティは絶対に出たくなかった。だが仕方がない。学部内で一番単位を取りやすい授業なのだから。それに、このゼミは学生が教授を選ぶのではなく、教授が学生を選ぶ形式なのだ。カティはため息をつき、諦めた様子で自分のために用意された椅子に座り、今日の課題と向き合った。 カティの背後でドアがガチャリと音を立てて施錠され、同時に照明がちらつく薄暗い光に変わった。壁の電子時計はいつの間にかカウントダウンタイマーに変わり、無機質な電子音とともに赤い数字が減り始める。今回の課題は脱出ゲームか何かだろうか?時間内に出口を見つけられなかったところで……別にどうということもないだろう。面倒ではあるが、課題は課題だ。カティは目の前の混沌を観察する。真っ白なキャンバスには意味のない血文字で意味のないメッセージが書かれ、無造作に置かれた箱は薄暗い光に照らされて無秩序な線を描き出し、それぞれ異なる文化圏の文字が箱の表面にびっしりと張り付いて、様々な形の箱が積み重なってできた多面体の塔にひしめいている。この文字を読んでしまえば、正気を失うのかもしれない。箱に貼られたレーザーシールと、彫像やフィギュアの反射素材が空間中に光をまき散らし、混沌とした研究室宇宙の中で、人を狂わせる星座を形作っていた。大小様々な、名状しがたい怪物の彫像が数百体、箱の周りに無造作に置かれ、その無数の彫像に囲まれた真ん中に鎮座する、いかなる言語でも形容し得ない球体状の混沌の彫像が、声にならない哀号を発していた。机の上のレコードプレーヤーが突然動き出し、単調でリズム感のない楽器の音が流れ始め、やがてそこに得体の知れない低い呟き声が混ざり始める。壁際のカーテンは吸音素材らしく、音をさらに重苦しくしていた。時間は刻一刻と過ぎていく。カティは邪教の祭壇のようなこの研究室の光景を見つめながら、じっと考え込んでいた。 カティは突然、ふと閃いた。彼女は立ち上がり、重いカーテンを開け放つと、その奥から掃き出し窓が現れた。街の灯りが室内の名状しがたい調度品の影と重なり合い、鏡面と化した窓ガラスの向こうに、心温まる一枚の絵が浮かび上がる。無秩序に並んだ箱の輪郭は、鏡像の中で慈愛に満ちたサンタクロースの姿へと変わり、街の中心に立つ巨大なクリスマスツリーに星を飾りつけていた。キャンバスに書かれていた意味不明の文字は、なんと「Merry Christmas」の鏡文字だったようで、鏡の中では堂々としたタイトルとして浮かび上がっている。吸音カーテンの干渉がなくなったことで、レコードから流れる音楽はナット・キング・コールの「The Christmas Song」に変わり、それと同時にドアの鍵も開いた。その時、彫像の一体だった黒猫がふいに動き出す。いつの間にか全身にクリスマス衣装をまとい、低い声でクリスマスソングを口ずさみながら、さっきまでカティが座っていた椅子へと飛び乗った。 「……Will find it hard to sleep tonight. They know that Santa's on his way. He's loaded lots of toys and goodies on his sleigh…我が親愛なるカティ君」カティは前足で顔を洗いながら喋る黒猫を、呆れ顔で見つめる。「ゲームクリアのご褒美に、ケーキでも食べようじゃないか」 カティが祭壇の中心に目をやると、先ほどまで邪悪な宇宙の中心に鎮座していた暗黒の混沌は、ケーキへと姿を変えていた。周りの彫像もみなクリスマス衣装をまとい、無造作に置かれていたはずの箱は、今やプレゼントの山のように見える。薄暗く不気味だった照明さえも、暖炉の火のような柔らかい暖色へと変わっていた。カティが振り返った時にはもう黒猫の姿はなく、代わりにクリスマス衣装を着た黒人男性が折り畳みテーブルを開き、椅子をもう一脚引っ張り出しているところだった。仕方なく彼女もケーキを祭壇の中央からテーブルへと運ぶのを手伝う。ケーキはちょうど二人分。信じられないほど美味しかった。黒と白、二人はさっきの課題について話し合いながら、ケーキをすっかり平らげた。 カティは食器と包装を片付け、帰り際にテプト教授からクリスマスの小さなプレゼントを受け取った。教授の授業スタイルにはとことん我慢ならないが、まあケーキは美味しかったし、単位も取れたはずだから、文句を言うわけにもいかない。それにしても、教授はなぜよりによって自分をこのゼミに選んだのだろう?――これこそが、この授業全体における最大の謎かもしれない。 ― 異都のホームレスの動画がネットで話題になっていたが、カティはまったく気にも留めなかった。大方、テプト教授の仕業だろう。教授がイタズラをしたいなら、誰も逃れられない。教授が超弩級のヴィランになりたいなら、鎮圧局だってどうしようもないはずだ。「真実はしばしば小説よりも荒唐無稽だ。なぜなら虚構は一定の論理の下で作られるが、現実には論理などまるでないから」カティはマーク・トウェインの格好をして路上を彷徨うテプト教授を想像してみる……これじゃあ悪ガキ放浪記じゃないか。彼女は思わず笑いそうになりながら、ホームレスの動画を指先で軽く流した。 ― 異能鎮圧局ファイル: 氏名:テプト・ニャール(Teptho Nyarl) 異能:ポルノグラフィティ 変化系 D 小さな分子の光学的性質を変化させ、本物と見紛うほどの視覚的幻影を生み出す。ただし視覚に依存しない生物には効果がない。黒人、猫、妖艶な人妻、少女など、様々な姿で人前に現れることを好む。登録時に記録された黒人中年男性の姿が本当の素顔かどうかは依然として疑わしく、さらなる検証が必要とされている。

芸術家の戦い

異都の新しい複合商業施設「StarLight」がまもなくオープンする。今回はカティも他人事ではいられなかった。

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異都の新しい複合商業施設「StarLight」がまもなくオープンする。今回はカティも他人事ではいられなかった。テプト教授の展覧会「星の彩」の準備のため、カティは教授について、開幕前日にStarLight内の特設会場へとやって来ていた。ゼミの学生として、カティも作品を一つ提供して展示に参加している。教授はいつも通り特に何も口出ししなかったが、カティは持てる力のすべてを注ぎ込んでいた。彼女の作品は、シャンタク鳥の姿をしたハーピーだ。鱗と目には特殊な素材が使われており、女妖の目をあまり長く直視すると、宇宙の深淵へと連れ去られてしまうかもしれない。彼女はStarLightのスタッフと共にすべての彫像を所定の位置に配置し、照明と音響のテスト、そして一部のインタラクティブな演出効果も確認した。カティ自身も満足のいく出来だったが、教授やStarLity側の展示担当者も満足そうな様子だった。一日中忙しく働いた後、他のメンバーは早めの打ち上げへと出かけていったが、カティと教授だけは誘いを断り、会場に残ってサンドイッチをかじりながら、まだ改善すべき点がないか確認していた。 異変が起きたのは、まさにカティと教授が会場を後にしようとしたその瞬間だった。時刻はすでに遅く、ビル内には警備員と巡回中の異能鎮圧局の職員しか残っていない。だからこそ、会場の外から突然響いた大きな音に、カティは一瞬呆然とした。カティの目の前で、異能鎮圧局の職員が会場の外から吹き飛ばされるように転がり込み、まっすぐカティの作品に叩きつけられ、瓦礫の中でもがいていた。 「……に、逃げろ……」 全身傷だらけの職員はそれだけ言い残すと、気を失った。この世に存在してはならないような唸り声を上げながら、黒い獣型の怪物が、割れたガラス窓から入り込んでくる。頭に見える部分には巨大な口があり、牙の隙間からは悪臭を放つ膿が滴っている。言葉で形容しようのない痩せ細った体は、常識を超えた幾何学的形状で構成されていた。脚のように見える器官は、時には四本、時には百足のように無数にあるようにも見える。頭部の皺の間に、時折赤く光る目が覗くが、見るたびにその位置と数が変わっているようだった。まるでこの世のあらゆる汚穢を集めたような煙がその怪物を取り巻き、真の姿をますます見えにくくしていた。 普通の人間であれば、恐怖で身動きが取れなくなるか、あるいは一目散に逃げ出すしかない場面だろう。普段のカティなら、目の前で千変万化する怪物の姿に魅了され、物陰に隠れてスケッチを始めていたかもしれない。だが今のカティは怒り狂っていた。どこの馬鹿犬か知らないが、丸一か月かけた自分の心血を台無しにしてくれた。どうあがいても明日の展示には間に合わない。このやり場のない怒りをどこにぶつければいいのか?答えは言うまでもなかった。カティは強く一歩踏み込むと、白い塊が空中で展開する。お前も粉々にしてあげる。楽に死ねるなんて思わないで。 少女の怒りに呼応するかのように、怪物は作品の中に倒れ込んだ職員から、白い衣をまとったカティへと標的を変える。それはあっという間の出来事だった。怪物の体が伸び上がるようにして、一瞬で二人の間にあった十数歩の距離を詰め、前脚を振り上げてカティに襲いかかる。爪がカティに触れる寸前、白い塊が形作った盾がそれを受け止めて滑らせ、耳障りな金属音と激しい火花を散らしながら、白い盾に深い爪痕を刻んだ。白い塊は蠢きながら形を変え、引き裂かれた部分を修復していく。だが怪物は少女に息をつく暇を与えず、あらゆる方向から噛みつきと爪撃を繰り出し、時折、舌のような器官を伸ばして突き刺し、白い塊の防御を突破しようと試みた。怪物の体から滴る膿には腐食性があり、カティはその悪臭を放つ膿を注意深く避けながら、白い塊に怪物の攻撃を受けさせていた。何度かの応酬を経て、カティは次第に怪物の攻撃パターンを掴んでいく。どれだけ醜くとも所詮は獣だ、そろそろ反撃してもいい頃合いだった。 白い塊が形を変える。まるで磁場に反応する液体磁石のように、怪物の爪が再び振り下ろされた瞬間、鋭い棘が生え出た。これが効いたのか、怪物は狂ったような猛攻を止め、後ろへと下がった。カティは白い塊を操り、空間に無数のリーマン面を描き出す。高速で変形し広がっていく鋭利な縁が、確実に目の前の怪物を傷つけ、じわじわと壁際へと追い詰めていった。最後の一撃だ。カティはリーマン面を収縮させ、もはや逃げ場のない怪物を包み込むように迫らせる。 完璧なはずの鋭い網は、怪物を取り巻く濃い霧の中へと沈み込んだが、カティには標的を捉えた手応えがなかった。その直後、カティの死角となっていた背後から放たれた一撃が、彼女を激しく打ち、吹き飛ばした。 地面に落ちる寸前、白い塊が柔らかくカティを受け止める。彼女のワンピースとスカートには大きな裂け目ができており、膿が服を蝕み続けていた。カティは膿がついた部分を引きちぎり、服が自然に修復されていくのに任せる。白い塊で形作った服は決して厚くはなかったが、スカートの余分な布地が先ほどの一撃をどうにか防いでくれたようだ。カティが元いた場所に目をやると、怪物は展示台の側面と床がつくる角度から噴き出す濃霧の中から、上半身を覗かせているところだった。あんな動き方までできるのか?カティは怒りに任せて足を踏み鳴らすと、怪物がまだ完全に姿を現していないうちに、再び白い塊を操って攻撃を仕掛けた。 突如、目眩が襲う。空間が文字通り歪み、カティは立っていられずに四つん這いで地面に膝をついた。空間から抜け出した怪物は瞬時に醜悪な体を伸ばしてカティに迫り、大きく口を開けて噛みつく。今度は正確にカティの首元を狙い、目障りな白い蛆虫を一息に仕留めようとしていた。だが標的を殺す寸前、怪物の視界が突然真っ白に濁り、標的を見失った。 すべては一瞬の出来事だった。目眩で倒れ込んだ瞬間、カティは怪物が放とうとしている致命の一撃を直感的に理解していた。攻撃のために展開していた白い塊は間に合わない。ならば残っているのは、身にまとっていた服だけだ。カティの服は溶けるように再び蠢く白い塊へと戻り、花びらのように上へと広がって怪物を迎え撃つと、自分の眠るための繭のようにそれを包み込んだ。カティはその隙に横へと転がり、床に叩きつけられた白い繭をかわす。怪物は最初こそ白い繭を引き裂いたものの、白い塊が次々と補充されていくにつれ、その修復速度に追いつけなくなっていく。怪物を逃さないため、今度は切り刻む代わりに、捕らえた感触を保ったまま白い繭を締め上げていく。まるで蛇が鼠を丸呑みにするように、力を込めて、さらに力を込めて、怪物を絞め殺していった。 力を込めて、さらに力を込めて。カティは白い塊を圧縮し、ねじり続け、ついに抵抗を感じなくなったところで、ようやく慎重に白い塊を解いた。白い塊の中心にあったのは、膿にまみれた黒紅色の蠢く肉塊だった。膿は触角のように四方へと伸び縮みし、探るような動きを見せた後、肉塊と共に濃い煙の中へと消えていった。 「ざまあみろっ!」ほとんど服を失いかけたカティは、片手を腰に当て、もう片方の手で消えゆく怪物の肉塊を指差しながら、勝利宣言を放った。気を失う直前、彼女はどうにか白い塊で簡単な服を作って身にまとうことだけは忘れず、それからテプト教授の腕の中に倒れ込み、意識を失った。 ― 戦闘が終わった時、テプトは周囲の混乱をすぐには片付けようとしなかった。気を失った職員のそばにしゃがみ込み、その耳元で何かを呟く。それから立ち上がり、駆けつけた鎮圧局の職員や他のスタッフたちを迎え、共に後片付けを始めた。幸いStarLightのスタッフの中に空間系の異能を持つ者がいて、戦闘で損壊した施設はどうにか元通りになった。だが壊れた展示品ばかりはどうにもならない。芸術家の魂の結晶を、部外者に修復しろというのも無理な話だ。テプトは仕方なく、壊れた展示品を車に積み込み、気を失ったカティを抱えて会場を後にした。 ― カティが再び目を覚ました時には、もう朝になっていた。目を開けると、見慣れたテプト教授の研究室の天井が目に飛び込んでくる。まさか学部の魔窟でまる一晩眠ってしまったなんて?カティが目を覚ますのを待っていたかのように、エプロン姿の中国人女性がトレイを手に、研究室の奥から現れた。「我が親愛なるカティ君」中国人女性の姿に化けたテプト教授はトレイをテーブルに置くと、もう一脚の椅子を引いて腰を下ろした。「朝ごはんは蛋餅(ダンビン)よ。豆乳もあるわ。昨日は遅くまで展示の手伝い、本当にお疲れさま。今日はゆっくり休みなさい」 カティは目をこすりながら、仮眠用の椅子の上で身を起こす。昨夜はあんなに珍しく怒っていたっけ――そういえば、自分の作品が壊されてしまったのだ。また意気消沈していくカティを見て、テプト教授は能力を使ってテーブルの上に展示会場を再現してみせた。3D立体映像の展示会場が朝食の上でくるくると回転し、カティは自分の展示位置に「トリを飾る目玉展示」というプレートが立てられているのに気づいて驚いた。「昨夜みんなで話し合ってね、君の作品はイベント全体のサプライズにすることに決めたんだ。最終日にお披露目する」「というわけで、また新しい作品を提出してもらわないといけないな。できるかい?」 もちろんだ。テプト教授は慈愛に満ちた表情でカティを見つめる。カティは朝食をがつがつと平らげると、袖をまくり上げてアトリエへと駆け出していった。これこそが芸術家の戦いだ。これこそがカティの戦いなのだ。闘志に火がついた彼女がどんな作品を仕上げてくるのか、教授はいつも心の底から楽しみにしていた。 ― 夜、中国人女性の姿をした教授は、研究室の椅子に座ったままのカティに毛布をかけた。彼女を起こさないよう、明かりはつけないままだった。彼/彼女は受信箱に届いていた匿名のメールを開き、いつもの慈愛に満ちた微笑を浮かべる。だがどういうわけか、画面の青白い光に照らされたその微笑は、この上なく邪悪に見えた。彼/彼女はそのメールを削除し、パソコンの電源を落とす。太陽が再び昇るまでには、まだ長い時間がある。芸術家の夢に夜の加護がありますように。カティの安らかな眠りに幻夢境の加護がありますように。テプト教授はカーテンを引き、名も知れぬ闇に向かって、静かに祈りを捧げた。

カティの休日

「……ちょっと力を入れてみたら、やっぱり白い塊の色を変えられるんだ!」

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「……ちょっと力を入れてみたら、やっぱり白い塊の色を変えられるんだ!」 ― 年末。学校はすでに休みに入り、大学のキャンパスにはほとんど人影がない。時代遅れの紙媒体を扱う図書館ともなればなおさらだ。ほとんどすべての情報が電子化された時代、学校も図書館の維持にはさほど力を入れていない。巨大な本の墓場は、そのまま手つかずの状態で保存されている。新入生向けオリエンテーションと学校の広報ページを除けば、ここに特別な関心を寄せるのは、少数の職員と物好きくらいのものだった。 そして、カティはその数少ない物好きの一人だった。彼女にとって、立体映像はどうしても革や紙の重みや手触りには敵わない。紙に印刷された情報が綴じられ、圧縮されて情報の塊となり、そうして十年、百年という時間を経て、時の手に撫でられながらカティのもとへとやってくる。彼女は前世紀、あるいはそのまた前の世紀の文章を、寝食を忘れて読みふけることができた。それは甘いものを除けば、カティにとってほとんど唯一の趣味だった。 休日にこれといった予定もないカティは、長い休暇を過ごすための精神的な糧を探しに、また図書館へやって来た。そこで一冊の本を見つけた。題名はすっかり擦り切れていたが、それでもかろうじて「Necron…m…」と、その下に「Al Azif」と書かれているのが読み取れた。カティはそんな文字を見たことがなかった。それでも、本の分厚さなのか、それとも革張りの表紙の手触りなのか、その本は彼女を強く惹きつけた。カティはその本を抱えて、誰もいない閲覧室へと向かった。 小柄なカティと比べると、その本はあまりにも巨大だった。彼女は本の前にちょこんと座り、恐る恐るページを開く。 そこには、奇想天外な内容がいくつも記されていた。アザトース、ヨグ=ソトース、クトゥルフ。「永遠なるものは死なず、奇怪なる永劫の中では死さえも死ぬ」――作家アブドゥルは、謎めいた文章と曖昧模糊とした言葉を使い、カティが以前どこかで耳にしたことはあっても、よく理解していなかった事柄について記していた。そこには様々な怪物や「神々」の描写と召喚方法、人類がまだ存在していなかった時代の歴史、そして理解することすら難しい数々の呪文が記されている。カティには神秘学の才能などない。現代社会に魔法が存在する余地だって、おそらくない。それでも造形師であるカティにとって、この本はまさにど真ん中だった。 その中で彼女は、Lloigorと呼ばれる怪物についての記述に目を留めた。 「Lloigorとは星々から来た無形の存在であり、肉眼では捉えることのできないエネルギーの渦である。しかし、ごく稀に、自らのために有形かつ可視の姿を作り出すことがある。その身体は巨大かつ異様で、巨大な爬虫類にも似ている。だが、仔細に観察すれば、それが地球上に存在したいかなる爬虫類とも異なることがわかる」 その文章の脇には、誰かがさらに詳しい姿を描写していた。 「兎眼、鹿角、牛口、駱駝頭、蜃腹、虎掌、鷹爪、魚鱗、蛇身」 カティは目を閉じた。Lloigorの姿が、ありありと浮かび上がる。 白い塊がカティのそばで蠢き、伸びていく。彼女は塊をいくつかに分け、まずLloigorの頭部を形作った。元の記述にはない牙と髭、それに長い触鬚を加える。長い蛇の胴体には、まず鱗と背びれを形作り、それから両生類のような腹部を加えた。少し迷ったが、四肢はひとまず四本にすることにした。そこへ爪と毛を加えていく。蛇のような尾だけでは少し寂しい。そう思った彼女は、魚の尾びれまで試しに付けてみる。さらに細部を彫り込む。舌を加え、眉毛を加える。頭部の後ろには、ライオンのようなたてがみまで付け足した。 そして目を開く。純白のLloigorが、カティのそばをゆっくりと旋回していた。 造形としては、悪くない。カティは満足そうに頷いた。だが、すぐに口を尖らせる。どうにも、何かが足りない気がする。カティは白い塊のさらに奥へと意識を潜らせ、その表面構造を作り込んでいく。さらに深く。さらに深く。ナノメートル単位でLloigorの表面を調整していく。そして――完成。 表面に刻まれたナノ構造が光を干渉させ、回折させ、特定の波長へと変化させる。怪物の鰭と鱗は、閲覧室の暖かな黄色い照明を受け、白金のような色彩と質感を放っていた。 「……ちょっと力を入れてみたら、やっぱり白い塊の色を変えられるんだ!」 カティは嬉しそうに手にしていた大きな本を閉じた。そして、そのまま借りて帰ることにする。これから始まる長い休暇の暇つぶしにするつもりだった。名状しがたい色に輝く白い塊が小さく縮み、カティの周囲をふわふわと飛び回る。カティがまた何かを思いつくまでは、しばらくLloigorの姿を保っていることだろう。魔導書を抱え、奇妙な生物を従えて歩く姿を見れば、何も知らない人間なら、カティが魔法使いの使い魔でも召喚したのだと思うかもしれない。 ――そうだ。服も魔女っぽいものに着替えてみようかな? そんな中身のないことを考えながら、カティは一人でくすりと笑った。